賃貸アパート内において自殺した賃借人の相続人および連帯保証人に対して、賃貸人が賃貸借契約の債務不履行および連帯保証契約に基づき損害賠償を請求した事実においた、自殺は賃借人の善管注意義務違反にあるとして相続人および連帯保証人に対する損害賠償を認容した事例

1、紛争の内容

①賃借人Aは賃貸人Xと、平成15年10月、2階建アパート(1階5戸、2階5戸の合計10戸)の203号室を借り受ける賃貸借契約(以下、「本件賃貸借契約」という。)締結して居住していた。

②Y1は、平成17年10月、本件賃貸借契約に基づくAのXに対する債務を連帯保証する契約(以下、「本件連帯保証契約」という。)を締結した。

③Aは、平成18年10月、本件203号室内で自殺した。Aの母親であるY2がAを単独相続いた。

④Xは、賃料減少分として本件203号室には288万円の損害が、本件203号室の両隣と階下の部屋には賃料減額分の388万円余の損害が生じるとして、相続人Y2と連帯保証人Y1に対し、合計676万円余の損害賠償を求めた。

2、各当事者の言い分

Xの言い分

賃借人であるAが自殺した行為は、本件203号室の使用収益に際しての善管注意義務に違反する。私は、本件建物の各室を賃貸するに当たって、本件203号室で自殺があった旨、重要事項で説明しなければならない。その結果、約6年分の賃料減少分として、本件203号室には288万円の損害が、本件203号の両隣と階下の部屋には賃料減額分の388万円余の損害が生じると予想される。

Y1、Y2の言い分

Aが借りていた部屋に関する損害は、ある程度応じる必要があるだろう。しかし、両隣や階下の部屋の損害に関しては、応じる必要はないと考える。

3、本事例の問題点

①自殺等の自己物件の賃貸借における重要事項説明では、何年間説明義務。

②自己物件の隣や、上下階の部屋についても説明義務があるのか。

4、本事例の結末

裁判所は次のように判示して、Xの請求する損賠償額の一部を認容した。

①債務不履行の有無について

賃借人は、賃貸目的物の引渡しを受けてからこれを返還するまでの間、賃貸目的物を善良な管理者と同様の注意義務をもって使用収益する義務がある(民法第400条)。そして、賃借人の善管注意義務の対象には、賃貸目的物を物理的に損傷しないようにすることが含まれることはもちろんのこと、賃借人に賃貸目的物内で自殺しないように求めることが過重な負担を強いるものとも考えられないから、賃貸目的物内で自殺しないようにすることも賃借人の善管注意義務の対象に含まれるというべきである。したがって、賃借人が賃借中の室内で自殺したことは、賃貸借契約における賃借人の善管注意義務に違反したものであり債務不履行を構成するから、相続人には同債務不履行と相当因果関係のある賃貸人の損害を賠償する責任がある。

②連帯保証責任の範囲について

賃借人が賃借中に室内で自殺したことによる賃貸人に対する侵害賠償債務が、本件賃貸借契約に基づく賃借人の賃貸人に対する債務であることは明らかであるから、連帯保証人には、本件連帯保証契約に基づき、賃借人が自殺したことと相当因果関係にある賃貸人の損害について、相続人と連帯して、賠償する責任がある。

③隣接する部屋の告知義務について

自殺事故があった本件203号室に居住することと、そこの両隣の部屋や階下の部屋に居住することとの間には、常識的に考えて、感じる嫌悪感の程度にかなりの違いがあることは明らかであり、建物所在地、単身者向け物件等の諸事情を併せて考えると、本件では、賃貸人には、賃借人が本件203号室で自殺した後に、本件建物の他の部屋を新たに賃貸する当たり、賃借希望者に対して本件203号室で自殺があったことを告知する義務はないというべきである。

4、損害の算定について

①本件では、本件203号室を自殺事故から1年間賃貸できず、その後賃貸するに当たっても従前賃料の半額の月額3万円での賃貸しかできず、他方で、賃貸不能期間(1年間)と、その後の契約期間(2年間)の経過後、すなわち自殺事故から3年後なは、従前賃料の月額6万円での賃貸が可能となっていると推認するのが相当であると考える。そうすると、賃貸人の逸失利益は合計132万円余となる。

②他方、賃貸人には、賃借人が本件203号室内で自殺した後に、本件建物203号室以外の部屋を新たに賃貸するに当たり、賃借希望者に対して本件203号室で自殺事故があったことを告知する義務があるとはいえず、また、本件建物の各部屋は都市部にある主に単身者用の賃貸物件であることからすれば、その賃借人として想定されるのは、本件建物の周辺の住民など本件203号室内で自殺事故があったことを知り得る者に限られず、さらに、本件建物の周辺の住民以外の者も知っていると認めるに足りる特段の事情も認められないから、本件203号室以外の部屋の賃貸に困難を生じるとは認められない。本件建物203号室以外の部屋に関して現実に賃料の減収が生じているとしても、これは自殺と相当因果関係のある損害とは認められない。